ACIMタッチアンドゴー

奇跡講座に復帰してからのあれこれ
20180505, 20201012

ジュディのWeb講座(3):コース翻訳の道のり

10/5。

だいぶ前になりますが日本時間7/10にFIPがジュディ講座を配信しました。2ヶ月遅れで視聴したのですが、「コースを各国語に翻訳する」という難事業がいかにして始まったのかについての興味深い話でした。この過程でワプニック博士がたいへん重要な役割を担っていたことも分かってきましたし、加藤先生たちが歩んでこられた邦訳出版への長く険しい道程に思いを馳せるきっかけにもなりました。

なお、こちらの講座はそれまでと違って任意の寄付制となっており、申込みをした人だけが見られる仕組みになっています。(ただしジュディの話は最初だけで、残りはビデオレター紹介となっています)

Let’s Discuss ACIM Webinar
“Meet Your Global ACIM Family” with Judith Skutch Whitson
https://acim.org/events/donate-register-for-webinar-0709/

ジュディの話で興味深かったところだけピックアップしてみます:

コースが翻訳されるまで

(0:05) それは何年も昔に始まりました。44年前、ヘレンとビルとケンがNY市の私のリビングにいたときのことです。ちょうど、口コミでコースに興味を持った人たちから問合せが来はじめていた頃でした。私たちはコース出版以外でやることとして、これを非会員制の組織にしようと考えていました。誰もが本を入手するだけでよいのです。なにしろこれは自学自習の道ですから。

(0:06) 私は人々に頼まれて講演旅行をしたりもしました。その頃、コースについて公に話す意欲があったのは私だけだったからです。ヘレンとビルは人前で話すことを拒否しました。教祖として祭り上げられるのが嫌だったからです。また当時のケンはまだ教師としての役割を担う準備はできていませんでした。だから、私が人々に呼ばれるままに出かけていって、コースについて紹介しました(教えるのではなく)。

(0:06) しばらくそのような活動をしていたある日、とても洗練された雰囲気のシニア男性が私たちのもとを訪れました。彼はエミリオといって、メキシコ出身で国連の代表を務めたこともあり、ここ1年ほどは現地のコース学習者グループのためにスペイン語翻訳をしていたのでした。

(0:07) エミリオはヘレンに対し「あなたからこのスペイン語翻訳を出版する許可を頂きたいのですが」と願いました。するとヘレンはたじろぎ「私の目の黒いうちは絶対にさせません!(over my dead body)」と答えました。エミリオとヘレンは非常に友好的な形で出会ったのですが、彼が何度お願いしてもヘレンは絶対にNOでした。それが1979年ごろの出来事です。その後、私たちはコース出版関連のことで忙しくしてて、そしてヘレンは1981年に亡くなりました。

(0:08) ヘレンの死後も、私たちはヘレンが共にいると感じながらミーティングを続けていました。そんなある日、コースを完全にスペイン語に翻訳した、というカナリア諸島の人物から手紙が来て「翻訳した以上は出版したい」と言ってきました。私たちは原稿を受け取り、それを(スペイン語のできる)人々に見て貰ったり、総合語学研究所に依頼して内容を精査したのですが、その原稿は出版に値しないと判断されました。興味深いことに、それを出版したいという入札業者も現れませんでした。

(0:08) それ以外にも4-5ヶ国語について翻訳したいという問合せがあり、私たちはその都度みんなで座って(聖霊の)ガイダンスを受け取るようにしましたが、答えはすべてNOでした。ですが、ある時「いかなる翻訳もなされるべきではないのでしょうか?」と質問したとき、はじめて翻訳についてYESという答えがあったのです。

(0:09) それは「翻訳はなされるべきだが、FIPが責任を持って指揮すること。ケンが翻訳者たちの教師となること。それは何年もの献身が必要となる険しい道程となるだろう」という答えでした。それを聞いて私たちは怖気づきましたが、やるしかありません。また、生前ヘレンが「over my dead body」と言って頑なに翻訳の出版を拒んだ事を思って、ヘレンにちょっぴり申し訳なさも感じたりしました。そのことをビルに言ったら「それだよ!我々はまさに彼女の屍を踏み越えてそれをやってるんじゃないか!(Well, that’s what we’re doing, over her dead body!)」と答えたんです。ビルは本当にユーモアのセンスがあって、私たちは皆それで大いに笑いました。そして、コースの翻訳に乗り出すべき時が熟したのだと知りました。

(0:10) ご存じのとおり、コースには次にように書いてあります:

(T-7.II.4) 法則は、役立つものであるためには伝達されなければならない。要するに、異なった言語を話す者たちのためにそれらは翻訳されなければならない。ただし、良き翻訳者は翻訳するものの形を変更しなければならないとはいえ、決してその意味を変えることはしない。実のところ、翻訳者の目的のすべては、もとの意味を保持するために形を変えることにある。神の法則を理解しない者たちにとって、聖霊は神の法則の翻訳者である。あなたはこれを自分自身で行うことはできない。なぜなら、葛藤ある心はひとつの意味に忠実ではいられず、したがって、形を保存するために意味を変えてしまうからである。

(0:11) 聖霊の主導により、私たちは決してコースの意味が変わってしまわないようにしました。ですが、翻訳するからには形は変わらざるを得ません。だから私たちは座ってさらに多くのことを(聖霊に)質問しました。それは「長いプロセスを経ることで、非常に品質の高い翻訳を行う」というものでした。しかもそれを、翻訳を望むすべての言語に対して行う、ということです。(中略)

(0:12) 私たちが初めて翻訳をやらねばならないと心を決めたとき、最初にやるべき言語はスペイン語であると分かっていました。当時私が住んでいたカリフォルニアはスペイン語を話す人が多い土地でしたし、スペイン語は世界の主要言語のひとつでもあるので。そんなある日、娘(タマラ)が電話してきて「元ヨガ教師で今はコースを教えているカップルが、コースのスペイン語翻訳を熱烈にやりたがっている」と言ってきました。

(0:13) 実はこの2人(ローザマリアとフェルナンド)は、すでに4-5回FIPに電話をかけてきていたのですが、当時はボブ・スカッチ(夫)が電話をとっていました。彼は “ヘレンが翻訳を希望してなかったこと” を知っていたので毎回「NO」と伝えていました。だけど、ある時たまたまボブが休暇で留守にしてるあいだ娘(タマラ)が事務所にいて、彼らの電話を取ったのです。

すると不屈のローザマリアは「私たちは何度も電話して何度も断られていますが、それでも電話をかけ続けるよう導きを受けております」と言うので、タマラが「あなた方は母に電話すべきだわ」と告げました。そのようにして、彼ら2人は翌日に私と夫の家にきて、お互い自己紹介と能力や人柄、生い立ちや意欲などを確認し、彼らは何があろうともこの翻訳をやり遂げる、ということが疑いなくハッキリしたのでした。

(0:14) 私たちはサンプル翻訳のためにテキスト13章を送りました。この章の翻訳はちょっと難しくて、2人がどれほど理解しているかを知るのに最適だったからです。彼らがその試験に難なく合格すると、次はケンの出番でした。ケンは私たちの家を訪れて、この2人の若者たちと多くの時間を一緒に過ごしました。

2人の翻訳能力は十分なように思われましたが、ケンがひとつ心配していたのは、彼らが若くてやや円熟味に欠けているということでした(当時2人は30代前半だったので)。そこで私たちは、かつてヘレンに「over my dead body」と言われて翻訳を断られた紳士エミリオのことを思い出しました。彼はその後もグループのためにスペイン語翻訳を続けていましたし、たいへん教養もあり、非常に円熟した人物でした。なのでエミリオなら(スペイン語翻訳の)良き編集者になると思ったのです。

(0:15) こうしてスペイン語の翻訳チームが発足しました。それは、私たちが探したのではなく、彼らの方から導かれてやってきた初めての翻訳チームでした。

とにかく、多くの(他言語の)翻訳チームもこのような流れによって編成されていった、という事は言えるでしょう。もし彼らのことが知りたければ、翻訳者一人ひとりについての自伝や写真などがFIPサイトに紹介されています。そこで、このグループの団結力といったものを感じ取ってみてください。彼らなしでは、こんにち私たちがこのように(全世界から)集うことはできなかったのですから!

*****

。。。というお話しでした。なお、日本語の翻訳者である加藤先生のFIP紹介ページはこちらです↓。ロスコーのFACIMにてワプニック博士に見いだされた経緯なども綴られており、非常に興味深い内容となっています。
Japanese Translator: Miyoko Kato

FIPについて思ったこと
今回のジュディの話からも、初のスペイン語翻訳において厳格な人選があったことが伺えますし、加藤先生も同じレベルの厳格さによって選ばれたということが「奇跡講座」の翻訳クォリティから想像できて嬉しかったです。

その一方で、いまのFIPに集う人々は、かつての厳格な人選にみられる「妥協なさ」よりも「ソーシャル力」のほうが評価されているのかな、と感じる面もありました。正直、ジュディのグローバルなお友達の活動紹介を見て「うそぉ…( ꒪﹃ ꒪) 」と思ったりしましたけど。。。(でも、いかなる学習者もFACIM/JACIM並みの厳格さに合致していなければNG、という考えはやや選民的な思想だったと気づいて反省。誰も除外しないジュディの寛容さには見習うところがあるかも)

まあ、FACIM(博士の教え)とFIP(コース出版元)の間に多少の方向性の違いが生じているとしても、依然としてFIPの存在意義が大きいのは間違いないと思います。何しろ海外ではUrtextやHLCから派生した非公認のACIM本が何種類も発売されており、それをオリジナルだと称して独自解釈のACIMを教えている教師が大勢いる玉石混交状態だからです。
※詳細はこちら:アメリカのACIM、多様な解釈

要するに、今のFIPがいかにゆるふわ運用であろうと、もしFIPがなくなってしまったら奇跡講座の価値(加筆・改竄などに対する正統性の担保)は失われてしまうということです。そういう根本的な観点からも、FIPとジュディ達を引き続き応援していきたいと思うようになりました。

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