ACIMタッチアンドゴー

奇跡講座に復帰してからのあれこれ
20170813, 20210101

ジュディのWeb講座(4):ビルの最期について

12/26。

Thank God There is No Death

日本時間で9/19に開催されたFIPのウェビナーを3ヶ月経ってから視聴しました。講演メンバーはジュディ、タマラ、Dr.ローゼンタールの3名です。前回と同じく任意の寄付制となっていて、申込をすると見られるようになってます。(2021/2追記:その後YouTubeに配信されました)

Let’s Discuss ACIM Webinar “Thank God There is No Death”
https://youtu.be/WnnGf4CRw-k

テーマはタイトル通り「死というものはない」に関するACIM的考察で、かなり幅広い切り口でお話がありました。個人的に興味深かったのが、ジュディが目撃した「死の直前のビル・セットフォードがみせた劇的な変化」に関する話だったので、ここだけピックアップしてみようと思います。

死の直前のビルの様子

以下、ジュディがちらっと話したエピソードですが、なかなかインパクトがある内容だったので要約すると:

(0:17) ビルは人生の最後で、私の家から数フィート先のところで亡くなったのですが、彼は前日から私たちを訪れていて、その日は朝食を共にしたあと、彼ひとりで散歩に出たところでした。私は長年ビルを見てきたけど、この時ほど彼が幸せに酔いしれていたの見たことはありませんでした。なにしろ、ビルときたら身長が6’3″(約190cm)もある背高のっぽだったけど、その彼がつま先立ちになってうちのリビングルームをくるくる踊り回っていたのですから!「僕は自由だ!僕は自由だ!」と言いながらね。笑
私がビルに「何があったの?どういうこと?」と尋ねたら、彼は「人生のすべての人間関係が清算され、自分自身も完全に赦され、全く制限のない自由を感じている」と答えたのでした。それから(間もなく)彼は亡くなりました。
コースは私たちが愛への障壁を取り除くことで「幸せな夢」に到達すると言っています。私は、ビルが亡くなる数時間前の姿を目撃したことで、私たちがひとときであっても「幸せな夢」に到達できるのだと知りました。そこに死はなく、もはやこの世界のどんな考えにも縛られないのだということを、確信しています。

。。。とのことで、ジュディ本人が思い出し笑いをしながら、楽しそうにビルの死の間際の様子を語るのは、なにか心を動かされるものがありました。しかし、この話だけでは、なにゆえビルが亡くなる直前にジュディの家にいたのか?家から数フィート先で亡くなったとはどういうことか?といった詳細が全然わからず、却って謎が深まるばかり。だって、遊びにきた友達がうちから出た瞬間に亡くなったなんて話、普通に聞いたら怪奇事件ですからね。。。

ジュディの「エピローグ」より

それで思い出したのが、FIPに掲載されている「William Newton Thetford, Ph.D. – Life Story」というビルの伝記でした。これは非常に長い記事なのですが、一番最後までスクロールすると「EPILOGUE — By Judith Skutch Whitson」というジュディの寄稿があります。これはビルの最期についてわりと詳しい記述であるように思うので、軽く要約してみたいと思います:

1988年、ビルはジュデイ夫妻の住むカリフォルニア州ティブロンを訪れました。7月4日の独立記念日パーティでビル来訪を祝すため、36人ものビルの友達がジュディ夫妻の家に集まる手筈になっていたそうです。
サンディエゴに住んでいたビルは、パーティの前日に飛行機で到着したのですが、その時のビルの様子は誰の目にも明らかに違っていたようです。このときのビルの快活さは、彼の従来の性格(=親しみやすいけど、ちょっとお堅い感じ)とはかけ離れた感じだったとのこと。

そんなビルは、ジュディ夫妻の家に着くなり、喜びにあふれた様子で家のなかをくるくると踊り回っていたそうです。驚いたジュディが「ビル、一体あなたに何が起こったの?」と尋ねると、ビルは歓喜して両腕を広げながら「僕は自由だ!僕は完全に自由だ!」と叫びました。
この様子に衝撃をうけたジュディ夫妻は、ビルに何が起こったのかを尋ねました。するとビルいわく、彼にはもう何の罪悪感も不満もなく、彼がいままで持ってきた全ての人間関係、そして自分自身をも赦したと言うのです。

Judy: 「どのくらいの間、この状態(自由)が続いてるの?」
Bill: 「そうだね、ここ数週間くらいかな」
Judy: 「じゃ、どのようにしてその状態を達成できたの?」

ビルの説明によると、彼がコースの実践を続けて何年も経過したあと、ある時点で「これ以上、先延ばしにはできない」という大きな決断に至ったそうです。そしてビルは、かつて後悔を伴う関係にあった人々全員に電話をかけ、彼自身が抱いてきた誤った感情について懺悔し、彼らに赦しを求めたのだと言いました。

Bill:「それは簡単なことだったよ。みんな僕の電話を喜んでくれて、赦されるべきことなんか何もないという事が伝わってきた」

しかしジュディ夫妻は、ビルのそれまでの(問題を孕んでいた)人間関係について熟知していたので、ビルがどういった人々に電話をかけたのかを、一人ひとり口頭でチェックしていきました。するとビルは、その一人ひとりの人物について、彼の “訂正された知覚” に基づいた感想を述べたそうです。そして、その関係者リストの最大のフィナーレは。。。

Judy:「じゃあ、ヘレンについてはどうなの?もう彼女との関係は完了したと感じる?」(※この頃すでにヘレンは他界していました)

すると突然、ビルの目がうるんできて真剣な様子に変わり、それから彼が数日前の晩に見たビジョンについて語りはじめました。
彼は時空を超えたところでヘレンと再会したのだそうです。そこでのヘレンは微笑んでおり、光り輝く白い衣をまとった女性祭祀だったそうです。彼女のブロンドの髪は美しく輝き、ビルのほうへと腕を伸ばしてきました。二人の手が触れ合ったとき、ビルは「癒やされた、癒やされた、癒やされた」という内なる言葉をききました。
「僕は彼女をこのうえなく愛していた。その感謝には際限がなかった」

その晩、ビルはジュディ夫妻宅に泊まりました。そして心理学的な見地からも、ビルの人格がすっかり柔軟なものに変わっている、という事で意見の一致をみたのでした。

翌朝のパーティ当日のこと。ジュディ夫妻宅で3人一緒に朝食をとっているときも、ビルはずっと喜びで輝いたままでいたそうです:

Judy: 「ねえビル、まだ自由を感じているの?」
Bill:「もちろんさ。だって今日は独立記念日だろう?」(※これはジョーク)

それから少しして、ジュディは一緒にパーティ用の買い出しに行こうとビルを誘いました。するとビルは「君はクルマで先にお店にいったらいい。僕は朝の散歩を兼ねて、店まで歩いていく事にするよ。はぐれる事なんか心配しなくていいさ。もし店で僕と落ち合えなかった場合は、君ひとりで先に帰ってくれればいいから」と答えました。
それを聞いたジュディはなぜか背筋が凍り、突如ビルに抱きついて言いました。「ビル、絶対にあなたを置いてうちに帰ったりはしないわ!」

そしてビルは1人で朝の散歩に出かけていきました。ジュディも運転の支度をして「すぐ帰るから」と夫に伝えて出かけ、彼女がクルマに乗り込むやいなや。。。
救急車が隣家に駆けつけるのが目に飛び込んできたそうです。
よく見ると、なんと、家を出てすぐのところでビルが仰向けに倒れており、隣家に住む外科医が付き添っているところでした。ジュディが駆けつけると、「彼は崩れるように倒れ、一瞬で亡くなった」と教えられました。

ビルの遺体が病院に搬送される段取りをする間、ジュディ夫妻はビルの親しい友人たちに電話をかけました。するとビルの親友だった数名がただちに駆けつけ、皆でビルの亡骸を囲むように座り、皆でコースの祈りの言葉を捧げました。
当然ながら、その日の午後に予定されていたパーティをキャンセルするにはすでに手遅れだったので、友人たちの集いは予定通り決行されました。そして到着した皆に事情を説明し、即興でビルの追悼会をすることになったそうです。

友人たちはみな、ジュディ夫妻が目撃したビルの劇的な変化について、心をうたれたようでした。しかし、皆がしんみりとした面持ちでバルコニーに集まっていたとき、突然、夜空が花火によって彩られたのだそうです。それはまるで、ビルの栄光を象徴するかのような光景でした。(※独立記念日には花火が打ち上げられます)

はたして、ビルは実際に「幸せな夢」を体験したのか?彼はこの世での機能を果たし、ヘレンとの関係も癒やされたのか?彼はコースの実践をすべて完了し、彼自身の「別の道」の探求に答えられたのか?
ジュディ夫妻は、その問いはすべてYesだと確信を持っているそうです。

出典:William Newton Thetford, Ph.D. – Life Story

お義母さんに手紙を

ビルの最期についての詳細はこんな感じだったわけですが、ここでもビルがとった具体的なアクションが興味深かったです。なにしろ晩年になってから、過去にわだかまりのあった人々全員に電話をかけるとは、なんとも勇気ある大胆なやり方だなーと。

気まずい関係にある人に直接赦しを乞うなんて、心が十分に癒やされている状態でなければ、(ビルが言うほど)簡単にできることではないと思います。ちなみにコースでは「モメた相手に連絡とって和解せよ」みたいな行動レベルの指針は一切与えてませんし、何より癒やされてない状態で形だけビルを真似たところで、却って相手とこじれるだけなのは明らかでしょう。。。
→まあ、私がやったら炎上必至だわね(°▽°)

ただ、ちょうどこのタイミングで、私にもひとり思い当たる人がいるのを思い出しました。それは、離婚した前夫のお義母さんです。
このお義母さんは、私のことを実の娘のように可愛がってくれたひとで、正直いまでも感謝の気持ちしかありません。しかし、離婚直後の私は非常に怒っていて、最後にお義母さんに会ったとき、かなり冷たい態度をとってしまったのでした。そして、それきり15年以上ずっと連絡を避けてきました。
近年そのことを非常に後悔していたのですが、もはや後の祭り…。という話を、なぜかきっかり2年前のいまごろ書いてたんだよなぁ(2018/1/3投稿分)。

そしたら今回、たまたま友達と雑談をしているときの話の流れで、まさかのお義母さんの連絡先(大昔に投げ捨てて分からなくなっていた)を発見してしまったのです。しかも、あれこれ連絡できない理由を並べて逡巡する私をみて「深く考えずに手紙を出してみたら」と背中まで押してもらったという。。。

すでにかなり高齢なはずのお義母さん。今なお生きているか、手紙が読める状態なのか、施設などに入ったりしてないか等々、全くわかりません。しかし、それでも感謝の気持ちを手紙にしたためて送ってみようと思った次第です。

12/27追記:この翌日に、一筆綴って投函しました。どうなるか知らないけど、あとのことは天に任せよーっと。。。

出典:Let’s Discuss ACIM Webinar “Thank God There is No Death” (FIP) / William Newton Thetford, Ph.D. – Life Story (FIP)

コメント

  1. 私も数十年前に関係がめちゃくちゃにこじれた人がいて、ずっとわだかまっていたり、妄想的におびえていたりして、相手の許しを請うために訪問しようかと思っていたりもしましたが、最近になって思うのは、むしろ私の方が、その相手のことを赦していなかったのだということでした。

    そのことに気がついたから解放され、自由になったと実感しているわけではなく、ただ、ここにはまだまだ赦しが必要だということを改めて感じたに過ぎませんが。

    • huuさん、私もです(ToT)!! 過去に自分の過失でどうしようもなく関係がこじれた人は数知れず…。幸い、会えない人、亡くなった人でも、心の中で赦しを実践できるという話ですが、やはり後悔をもって振り返るうちは、全然自由なんかじゃないよなぁ〜、と。
      だからこそ、仰るように赦しの必要性に「気づく」という事自体が大事なんでしょうね。めちゃくちゃ地道ですけど、それが心を癒すための意欲の第一歩に繋がるように思います。

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