ACIMタッチアンドゴー

奇跡講座に復帰してからのあれこれ
20180415, 20210306

ありのままの現実を愛する

2/25。

バイロン・ケイティの本

最近たまたまバイロン・ケイティの話を見聞きする機会が重なったので、ちょっと感想など。じつは私がケイティの存在を知ったのは割と最近で、2018年頃のワークブックをやってる最中でした。あるときこちらの記事を教えて貰ったのが興味を持ったきっかけです。

当時そこにはオプラとの対談動画(今は削除されてます)があり、その中でケイティが「一緒に暮らして看病していた母親が亡くなったときでさえ、全く苦しまなかった」と穏やかな表情で淡々と語っていた事に驚いたのでした。。。
こ、この人、本気で言ってるわΣ(゚Д゚)

それで好奇心が芽生えて、何の気なしにケイティの本を2冊ほど読んでみたのですが、これが自分の思い込みに気づくメソッドのひとつとしてかなりツボったのでした。今回はその2冊について軽く触れてみたいと思います。

(先に断っておくと、ケイティ自身は一般的な人生を歩んできた普通のおばさんなので、超ニッチな霊性の道である奇跡講座とは全く接点ありません。しかしながら、苦しみのない状態についてのヒントとしては興味深いです)

ザ・ワーク (Loving What Is)

ケイティの著作で最も有名なのは「ザ・ワーク」という本ですが、原題は “Loving What Is” つまり「ありのままの現実を愛する」となっています。それがどうして苦しみからの解放につながるのでしょうか?

ケイティは「苦しみは、現に起こっていること(ありのままの現実)を否定する考えを信じる時に生まれる」という、当たり前のようでいてなかなか気づけないことを、分かりやすい言葉で説明してくれています。たとえば、うちのパパリンがお茶の間でTVに向かって逆ギレするという現実に対して、「パパリンは癇癪を起こすべきではない」という考え(現実を否定している)を信じるとき、私はイライラして不快な気分を味わいます。いわゆる投影ですね。

そこで自分自身に苦しみをもたらしている考えを探求し、それを手放すきっかけとなるようなシンプルな「問いかけ」をしていきます。たったそれだけのことなんですが、自問自答していくうちに、いつの間にかその考えに固執することの痛々しさが浮き彫りになり、自然とその考えを持ち続けたいとは思わなくなるような回路が生まれます。それまで無意識に弄んでいた考えに、とつぜん意識の光が当たる感じでしょうか。

この本には、苦しみを持つ人々とケイティとの対話が数多くおさめられており、苦悩を抱えている人が、ケイティとのやりとりを通じて思い込みへの執着から目が覚めていく事例がたくさん紹介されています。
不倫した夫を咎める思いを手放す事例とか、親戚のせいで多額の財産を失った恨みを手放す事例とか、ドラッグ依存の娘を受け入れる事例とか、ケイティとの短い対話を通じて「うそお」と思うような変化が次々と起こります。それも渦中の当事者が、シンプルな問いかけを通じて、自発的に腑落ちしつつ変容していくところがすごい。

そんな感じで、「ザ・ワーク」はものの見方を変える問いかけの方法に重点がおかれており、とても実用的な内容だと思います。自分の置かれた状況を重ねながら読むと、こちらの見方も一緒にひっくり返っていく感じがして、なかなか新鮮なのでした。

タオを生きる (A Thousand Names for Joy)

もうひとつは「タオを生きる」という本で、こちらはケイティのエッセイ集みたいなものです(いくつかの対談も含まれています)。一応「老子」の言葉をたたき台にしつつも、どちらかというとケイティのものの見方をより良く知ることができる内容になっています。

ケイティ自身は、新しい人生が始まってからも順風満帆という訳ではありませんでした(私たちから見て、という意味ですが…)。失明寸前の眼病を患ったり、癌だと診断されたり、顔に腫瘍ができたり、銃を突きつけられたり、空き巣にやられたり…かなり波乱だったと言ってもおかしくない人生です。

ところが、ケイティ自身は苦しみのない目を通してそれらを眺めているため、私たちとはだいぶ違う風景が見えていることに気づかされます。ケイティは何も恐れていないし、肉体的な痛みですら微笑ましいものと認識しています。これは「まったく恐れを信じていない人にとって、世界はどのように見えるのか?」という究極の疑問に対するひとつの答えであるかも知れません。

もちろん、これを読んだからって直ちにケイティと同じ境地になれるわけじゃないけど「自分の考えをきちんと再検討してゆけば、誰でも苦しみから自由になることは可能です」と優しく指し示してくれていることに、希望が感じられる本なのでした。(混乱したときに眺めるとなんか落ち着きます)

ケイティ本の感想とか

個人的にはケイティ本は汎用性が高い内容だと感じてます。スピリチュアル臭さは全くなくて、子供でも分かる普通の話し言葉で書かれているし、難解な理屈も一切でてこないので、読む人を選ばないのも良いです。特に「ザ・ワーク」のほうは、非スピ友達(一般人)にも怪しさを感じさせずに勧めることが出来る貴重な本だと思っています。

しかも、扱うのは自分の思考だけ、というシンプルさなので現世的にもとっつきやすいです。ケイティの問いかけは、誰もが日常生活で体験する具体性のなかで行われます。例えば「私は上司にいじめられている」と訴える人がいれば、「それは本当でしょうか?」「そう考えるとき、あなたはどう反応しますか?」…といった具合です。その問いかけを通じて、あれこれが自分の投影だったことがおのずと見えてくる。

ケイティは自我の訂正や天国への帰還といった高尚なことを目指しているわけではありません。スケール感でいっても究極の非二元論である奇跡講座とはだいぶ別物です。とはいえ、コースとの重なりが感じられるのは「すべての苦しみは、自分がその苦しい思考(解釈)を望んだことが原因だと気づくこと」という部分であるように思います。ケイティの問いかけは、私たちに自責の念を起こさせることなく、そこに気づかせてくれる穏やかさがあるのでした。

それが実際どんなアプローチなのか、実例をひとつ紹介したいと思います。

ケイティと癌患者パムとの対話

こちらは最近知ったケイティの公開ワークの記録動画です(日本語字幕あり)。ここでケイティは、癌を患っている若い女性パムと対話を行っています。パムの恐れと混乱は、かつて私自身も体験したことだったりするので、なんだかすごく共感できる内容でした。

冒頭で、パムは肉体を蝕みつつある癌を受け入れることができず、ひどく怯えていて、涙が止まらない状態です。ケイティは、そんなパムが恐れることなく受け入れられる言葉を使って問いかけを行い、ゆっくりと、少しずつ、パムが自力で恐れの信念を紐解いてゆけるように導いていきます。

ケイティとの対話を続けてしばらくすると、パムは自分を不幸にする思考(被害者になること)をみずから望んでいた事にだんだん気づいていきます。それだけでなく、後半にはいると「自分が癌を患っているかどうかは、自分自身の苦しみとは全く関係ない」というレベルまで理解が深まっていくのです。

自分の病に対する見方が変化したパムは、だんだん安らかな表情になっていき、ときおり冗談を飛ばすほど軽やかになっていきます。最後のパムは完全に落ち着きを取り戻しており、目つきに凛々しさを感じるほどです。まるで別人。

この動画は48分もあって結構長いのですが、あれほど癌に怯えていたパムが最終的に到達した気づきの深さを考えると、わずか1時間足らずでそこまで辿り着いたというのは驚異的だと思わずにいられません。(私なんかワークブックやってたくせに何ヶ月も悶絶してたっけな…)。

ケイティ、恐るべしです。

出典: ザ・ワーク (バイロン・ケイティ) / タオを生きる (バイロン・ケイティ)

コメント

  1. 「ザ・ワーク」kindle版があったので早速買ってみました。
    普段ワークブックをやってるつもりでも、何となく雑になってたり、感情に振り回されまくっていて、全然身についてないじゃん、こんなんでいいの!?と思っていたので(そもそも自分を責めてる時点でおかしいですね)「こんなんじゃ駄目だ助けて聖霊〜」と言ってた自分へのアンサー的な気がして、これから読んでみたいと思います!
    いつもとても為になる記事を書いてくださってて感謝です!

    • おおお!みやっちさんKindle版ポチってくださったのですか。お気に召すと良いなぁ〜😊
      さすがに奇跡講座の周辺読本としてカウントするわけにはいかないですけど、いままで突発的な動揺についてはケイティ本の即効性にずいぶん助けられました。まずは一旦落ち着く、というベーシックなところで威力を発揮してくれるかも知れません。ぜひお楽しみください♪

  2. わたしも、Tobbeさんのこの記事で興味を持って、
    「ザ・ワーク」をkindleで買ってみました。
    バイロン・ケイティさんって、なんだか、いきなり実相世界に行っちゃったのではないか、
    以下の文章を読んで、そんなことを思いました。

    「入所から一週間ばかりたった日の朝、自分はベッドに寝る価値すらないと思い、床に横たわっていたケイティは、目を覚ましたとき、「私」という考えがまったく消え失せているのに気づきました。」

    「すべての怒りや悩み、「私の世界」、そして全世界が消え、その瞬間、心の奥底から笑いが込み上げてきました。従来の自分の知覚で認識できるものが何もありませんでした。まるで、自分ではない他の何かが目覚めたように。そしてその「何か」が目を開け、ケイティの目を通してものごとを見ているんです。「それ」は喜びにあふれていました。自分と分離しているものや、受け入れられないものが何もないのです。すべてが、ただありのままの姿で存在していました。」

    バイロン・ケイティさんのこの体験は、
    決して、一時的なものではなく、
    この体験をしてから、20年以上に渡って、苦しんだことがないということなんですよね。

    こんなに簡単に実相世界にたどり着けるだなんて、
    なんとも羨ましい話だなあと、思ってしまいましたw

    って、これが、コースが言うところの実相世界なのかどうか、
    わたしには判別つかないのでありますが。

    でも、とても興味深い本ですね。

    コースの教えとの親和性もとても高いように思いました。

    ゆっくり読んでみようかと思います。

  3. いま、「奇跡の原理」(P195)を読んでいたら、
    関連すると思われる箇所がありましたので、
    書いておきますね。

    「奇跡講座のゴールは、夢から覚めることではありません。ゴールは、悪夢を幸せな夢に変えることです。
    幸せな夢の中では、わたしたちは依然としてこの幻想の世界の中、つまり、個々の肉体を持ったものたちがいる世界に生きていますが、
    もはや、世界に罪悪感を投影することはありません。それは、「真の知覚」と呼ばれるものを持ってこの世界に生きることです。
    それが、このコースが「実相世界」と呼んでいるものです。それは、心の中に罪がまったくないという世界です」

    バイロン・ケイティさんを見ておりますと、
    もうすでに、罪悪感を投影することなく、この世界を生きているように思えるのであります。

    • 山本さんもKindle版を読んでくださってるとのことで嬉しいです☆

      私も初めてケイティ本を読んだ時はおおーー!と思いました。少なくとも「現世的な意味での苦しみがない状態を生きている人がいて、その秘訣を非常に分かりやすい言葉で分かち合ってくれている」というのが驚きでした。
       
      とはいえ、ケイティはさすがに水の上を歩いたり死者を蘇らせたりはしてないようですね😁
      …というのは冗談ですが、彼女が実相世界を見ているかどうかは私にも全く分からない、というのが正直なところです(もしそうだったら素敵ですけどね)。そういや博士のほうでそんな話題のQ&Aがあったっけ↓
      https://jacim.com/acim/?p=6663
       
      博士の解説の厳密さを思うと、宇宙(幻想)の終焉までが射程範囲の奇跡講座と、二元論の枠組みにおさまるケイティ本を絡めて論じることはちょっと厳しいかなと思ってます。でもそういうややこしい形而上学は抜きにして、ケイティの在り方をリスペクトしてます!

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