ACIMタッチアンドゴー

奇跡講座に復帰してからのあれこれ
20171015, 20181107

Workbook レッスン345

レッスン345
私は今日、奇跡だけを与える。奇跡が私のもとに戻ってきてほしいからである。(W-pII.345)
Lesson 345. I offer only miracles today, For I would have them be returned to me.

10/31。昨日あたりから突然、仕事がはけてきて楽になってきました。つ、ついに峠を越えたか〜!?(来週からまた元に戻りますが…)

奇跡講座 下巻 ワークブック W-pII.345.1:3
『この世界にあっても、愛の法則は認識可能な形、作用していることがわかる形をとります。私が与える奇跡は、私が知覚する問題に対処するために必要な形で与え返されます。』

W-pII.345.1:7『今日、この贈り物だけを与えることができますように。それは、真の赦しから生まれ、あなたを思い出すために私が進むべき道を照らす贈り物です。』

【やること】
・「13. 奇跡とは何か」を読む。
・朝晩に瞑想する(目標15分以上)。
・日中は1時間毎の思い出し。

***** ***** *****

またやってしまったー( ´Д`)

ブログを読んでくださってる先輩学習者さんからご指摘がありました。
きっかけは10/29投稿分の記事なんですが、これまで自分の傾向として、不愉快な感情が浮上してきた時「そんな時は平安を選択すればいい」とか言って、単なる否認を自分に都合よく解釈しちゃってましたー!ご指導感謝です。 m(_ _)m

思えば、不愉快な気分に蓋をして逃れる事については、かなり年季の入ったエキスパートだったりするので、感情を丸め込んで一時的にスッキリしたからって「よっしゃ平安キターーー!」というのは赦しじゃなくて勘違い。

そういえば、似たような不愉快な状況が割と間をおかずに繰り返し現れているのは、そういうのも影響してたのかも。。。orz

平安を選択するっていうのは、綺麗事なしにそれと向き合う事であって、見たくないものに蓋をして動揺から逃れる事とは違いましたね。そうやって、自分の本当の感情(罪悪感)から目を逸らして抑圧&投影させるのは、奇跡のコースじゃなくて、病気のコースでした。(>_<)

そういえばワプニック博士だって、不快感と戦ったり修正したりせず、ただそれが自分の自我だと認めて見つめるようにとか、自分の恐れや動揺を否認してはいけないとか教えてます。(それでも神の愛は変わらないんですよ、と励ましてくれてるけど、だからって大事な前半部分をすっ飛ばしたら聖霊だって出番がないですよね。。。)

とはいえ。今の私は習ったことを一生懸命思い出しながらこれを書いてるんであって、いざ動揺にした時に、即この実践モードに入れるかというと、相変わらず自信はありません。

でもそうやって迷い道に入った時に、そっちは違うよーって教えて貰える先輩がいるのは本当に有難いことです。

次はもっと気をつけよう (。-`ω´-)

出典: 奇跡講座 下巻 ワークブック・マニュアル (中央アート出版社)

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