Lighthouse勉強会:Kindnessについて
7/20。
テディさんとやりとりしているLighthouse勉強会の中から、私のお気に入りを紹介したいと思います。今やってるテーマは”Kindness”です。以下は、ワプニック博士が親切さや思いやりの心について書いた、From The Lighthouse 掲載記事からの抜粋になります。なぜKindnessがACIM学習者にとって大切なのかという話です。 (Volume21 Number2 June2010)
“Tread Lightly on My Dreams”: Treating Illusions with Kindnessより: Kindness is a recurring theme of our teaching at…
親切さは、財団のワークショップ、クラス、Lighthouse記事、書籍などで繰り返し教えているテーマです。それは進歩した神の教師の10の特徴(M-4.1)に含まれてはいませんが、親切さは明らかに、天の我が家への梯子を登っていく際に自然に表れる特性のひとつでしょう(T-28.III.1:2)。私たちの記事がこの本質的なテーマを探究するのは、奇跡講座の形而上学的な「法則」への牢獄的な固執(親切さの精神を軽視すること)から、私たちの心を保護することです。もし、私たちが夢を選択する心の力に敬意を払わなければ、私たちは”親切な夢”を通じて目覚める力をも否定してしまいます。結局のところ「親切さが、私を親切なものに創造した」(W-pI.67.2:4)のですから。
実際、イエスは奇跡講座において、最も効果的な教え方は手本を示すことである(T-5.IV.5:1)、と言っています。そしてヘレンとの幾年ものコミュニケーションを通じ、彼はこの愛ある原理のお手本を示し続けました。それは、ヘレンの書き取りの初期に与えられたイエスの言葉によって、簡潔に要約することができるでしょう:「もし貴方が私の意思を行うなら、私はそれを支持しよう。もし行わないなら、私がそれを修正しよう。」私たちはあとでこの話題に戻りますが、今は、親切さの完璧な見本であるイエスと彼の筆記者(ヘレン)との関係について話しましょう。(以下略)
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このコンパクトな文章には、行間にいろいろ凝縮されているように思うので、少し補足したいと思います。 もしかすると博士は多くの学習者にコースを教える過程で、奇跡講座の形而上学的な正しさにとらわれるあまり、常識的な思いやりに欠けるようなケースをたくさん見てきたんじゃないかな~という印象を受けます。たとえば、テディさんが別の本(The Healing Power of Kindness vol.1)から引用してくれた事例のひとつに、ニューヨークから来た学習者のケースが紹介されてました。
その人は、9.11テロの事件後にコースの勉強会に参加していました。彼はそこで、自分自身がテロによる恐怖や苦痛と直面しているだけでなく、親族が子供たちやマンハッタン勤務の配偶者のことで半狂乱になっているという悩みをシェアしました。するとそれを聞いていた別の学習者が「おや、別にテロなんか深刻だと思いませんよ。私はそれが無意味な幻想だと知ってますからね」と言ったそうです。もちろん彼を攻撃しようと思っての発言ではありませんが、その言葉を聞いた彼はコース失格者の烙印を押されたように感じてしまったそうです。
この話は、奇跡講座の形而上学的な正しさにとらわれるあまり、相手の心情への配慮を欠いてしまった例のひとつだと思います。ちなみに、博士はこんな感じのコメントを述べてました:
「もし本当にあなたの心がそれほど癒されているなら、イエスの愛と優しさ以外には何も残らないはずです。そこまで進んだ人が、『恐怖も苦痛も幻想だ』などと相手にわざわざ宣言する必要があるでしょうか。本当に癒された心であれば、少なくとも相手に恐怖や苦痛があることを認めて優しく寄り添い、慰めの言葉をかけるはずではありませんか。」(※要約です)
私も、ワプニック博士の意見に一票入れたいと思います。。。
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あと、もうひとつハッとしたのは「もし、私たちが夢を選択する心の力に敬意を払わなければ。。。」と書いた部分です。(原文は:In the end, if we do not respect the mind’s power to choose dream, we are denying its power to awaken through our dreams of kindness.)
たとえ、いま私たちが見ている世界が狂った幻想だとしても、これだけの世界を作り出した「心の力」というものをリスペクトしましょうと言われてるように思いました。
ACIMによると、私たちは最初は罪悪感に満ちた夢の中にいるけれども、やがて幸せな夢に移行し、それから目覚めるという順番だったと思います。なので、その偉大な心の力を否定してしまうと、目覚めるために避けて通れない「幸せな夢(dream of kindness)」を選択する力まで否定してしまう事になるという事ですね?
博士が他のところでも何度も「いまあなたに見えている世界を否定してはいけません」と繰り返していた理由は、私達が天国に還る道のりにおいても、結局はこの世界を作り出したのと同じ心の力(選択力)を使う以外に方法がないからですね。。。
そういう意味で見ていくと、前述の「テロは幻想だから深刻だと思わない」と発言した人は、もしかしたらテロという夢を否認したかったのかも知れません。 それは、コースの形而上学に沿った非の打ちどころのない見解かも知れませんが、これが博士のいう「奇跡講座の形而上学的な「法則」への牢獄的な固執 (imprisoning adherence to the metaphysical letter of the Course’s “law”)」に相当するのかも知れないな~、などと思ったり。
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最後に、「もし貴方が私の意思を行うなら、私はそれを支持しよう。もし行わないなら、私がそれを修正しよう。」という言葉は、博士がヘレンとイエスの関わりについて述べる時によく出てくる言葉で、これも私のお気に入りです。(原文: “If you do my will, I will uphold it. If you do not, I will correct it.”)
これはイエスからヘレンへの言葉ですが、同時に私たちを優しく励ます言葉のようにも思います。まるで「この世界で赦しを実践するにあたり、自分なりにベストを尽くして選択してごらんなさい。もしそれが間違っていても、私が訂正のために控えているから大丈夫。どちらに転んでも、あなたに失敗はあり得ないのだから安心して」。。。と言ってくれているような気がして、ちょっとウルウルしそうになります。(;△;)
※Jesus: The Manifestation of the Holy Spirit – Part 5 の中ほどに同様の解説がありますので、そちらもオススメです。 。。。
というわけで、ワプニック博士によるKindnessの解説は、たった数行の間にこんなにいろんな教えがぎっしり詰まっていて大変なことになってます。冒頭で述べられているとおり、「親切さは、神の教師の10の特徴に含まれていない」ものですが、その理由はおそらく、親切さ / 優しさ / 思いやりといったものが10の特徴のすべてを含んだところに位置しているからなのでしょう。
そう考えると、勉強会のスタートとしてこれ以上のものはない気がしてきた。あえてKindnessを最初のテーマに選んだのは、長年博士の教えに触れてきたテディさんだからこそのセンスだったんだろうな~。
不定期に続く。(´▽`)
出典: From The Lighthouse (FACIM) / The Healing Power of Kindness vol.1 (FACIM) / Jesus: The Manifestation of the Holy Spirit – Part 5 (FACIM)
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