ACIMタッチアンドゴー

奇跡講座に復帰してからのあれこれ
20180115, 20190310

Workbook レッスン160

レッスン160
私は自分の家にいる。ここでは恐れは異邦人である。(W-pI.160)
Lesson 160. I am at home. Fear is the stranger here.

1/8。年始の休暇も今日で最後。仕事しながらだと1カ月はかかると思われた工房の解体を今日までに完了できて、だいぶ時間の節約ができました。そろそろ借家の解約が視野に入ってきそうだけど、明日から仕事だし、焦らない焦らない。

奇跡講座 下巻 ワークブック W-pI.160.1:1
『恐れは愛の道にとって異邦人である。恐怖と一体感をもつなら、あなたは自分自身にとって異邦人となる。だから、自分が誰なのかわからなくなる。あなたの中身とは異なる部分があり、その部分にとっては、あなたの真の自己が異質なものであり続けている。このような状況下で、いったい誰が正気でいられるだろう。狂人以外の誰が、自分が自分ではない何かだと信じ、自分自身を裁いたりするだろうか。』

【長い練習】朝晩
1日の始まりと終わりにできるだけ長い間(5分〜30分)、その日の主題概念に気持ちを集中させます。(レッスン153参照)
私は自分の家にいる。ここでは恐れは異邦人である。

【短い練習】毎時
1時間おきに神と共有する意志に忠実であることを思い出します。静かに座り、神を待ち、神の声に耳を傾け、過ぎ去った1時間に与えられた贈り物に感謝しつつ、これからの1時間に神が何をさせようとしているか学びます。(レッスン153参照)

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数日前、凹むことがありました。借家の荷物をクルマに積んでいるときに、ママチャリの奥様が通りがかって、ボディ側面をガリッと。。。

傷は小さなものなので、客観的に見れば大したことないのですが、どうして愛車の外装に傷がつくとこんなに辛い気持ちになるんだろう。モノに自分を同一化するのは自我(エゴ)の特徴だとエックハルト本で読みましたが、まさにこの事ですね。

出来事の小ささと動揺の大きさが釣り合ってない気がしたので、自我の言い分を観察することにしました。ママチャリをぶつけた奥様に文句言いたい!塗装が傷ついた=自分が傷つけられたような痛み!ママチャリに気づいた時点でクルマを動かせば良かったと後悔などなど。。。とにかく自分を正当化するのに必死な私。

でも問題は車体に傷がついた事ではなく、結構な不快感が浮上してきたことなんだろうな。というか、この出来事を投影した原因はむしろこの罪悪感のほうであって、なのに自分は悪くないと否認し続ければ、いずれまた何度でも同じ気分を味わうに違いない。

こんなイヤな気持ちはもう要りません、訂正お願いします、と聖霊に助けを求めつつ、帰路に着いたのでした。そこから先のことは聖霊にお任せです。なんとか、家に帰り着いた頃には少し気が楽になりました。ふう。

物理的な傷のほうはそのうちコンパウンドか何かで補修しようと思ってます。(愛車の傷を現実にするためではなく、心の癒しの象徴と思いながら作業したいものです)

出典: 奇跡講座 下巻 ワークブック・マニュアル (中央アート出版社)

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