ACIMタッチアンドゴー

奇跡講座に復帰してからのあれこれ
20200221(x2)

FACIM読書会 2月 JTT Ch.7 (その2)

2/15(つづき)。

この2月の読書会、ちょうど新型コロナ感染が東京でも確認されはじめた頃に、ひとりが風邪でダウン。元気なメンバーだけで初めてグループ通話にしました。といっても、我々は音声だけでシェアを決行するほど真面目じゃないので(爆)、フツーに楽しくおしゃべりして終了〜♪ というゆる〜い感じで。

もちろん読書会がどうなろうと、各自それぞれのペースでJourney本(JTT)を読み進めていることには変わりないのでノープロブレムです。各自読んだ分が役立てばそれでOKなので。(なお、風邪はその後無事に回復したそうです^^)

教材:Journey through the Text of A Course in Miracles (現在地:Vol.1)
※電子本のePub→Kindleに変換のうえ、Kindle版のNo.と紙本のページを併記してます。

★Chapter 7 — The Gifts of the Kingdom  p196〜

Forgiveness – Healing  p196 (No.6727)

No.6734/p196 Forgiveness typically involves undoing grievances, and healing…
・「赦し」は一般にに不満を訂正することに関わり、「癒し」は病の訂正に関わる。
・だが病というものは、不満以上に肉体に存在するものではない。不満と病は、投影された罪悪感がとる2つの異なる形態にすぎない。
・訂正のプロセスは常に同じ。赦しと癒しは、私たちの全一性を反映するものだから。両方とも、肉体から心へと焦点をシフトする「奇跡」の道のりを辿るもの。

No.6793/p198 Forgiveness undoes the idea of conflicting interests, based…
・赦しは「単一の利益」の原則に則ることで、「相容れない利害」という考えを訂正する。あなたが負けるなら私も負けるし、私が勝つのならあなたも勝つ、なぜなら私たちはひとつだから。
・勝ち負けというのは、この肉体の世界とは何の関係もない(この世では真の平等は不可能だから)。それは心の決断にだけ関わるものなのだ。

No.6819/p198 However, holiness has nothing to do with externals; there is…
・(T-7.VII.2:1) 聖性というのは外的な物事とは何の関係もない。”聖なる/穢れた” 肉体、関係性、行動といったものはない。
・私たちの出逢いが「聖なるもの」である理由は、彼らこそ、私たちが投影する罪悪感を認識する機会を差し出してくれるから。人生で出会う人々の存在がなければ、私たちが罪悪を選択した心にアクセスするのは不可能となる。

No.6856/p199 If we do not perceive an inherent sameness with others,…
・たとえ私たちが「他者に内在する同一性」を知覚できず、自分の利益と他者の利益は違うと信じているとしても、少なくとも自分が”自我を選んだ”と知ることはできる。
・このことは助けになる情報といえる。なぜなら、私たちが誤った知覚を手放すという選択が出来なかったとしても、少なくとも自分が”何をやらかしたか“を認識することが出来るから。それこそ、心の誤った選択を訂正するための、第一歩なのだ。

No.6876/p200 Students need to be wary of the temptation to protect their…
・学習者は、コースの形而上学を誤用することで自身の罪悪感を保護しようとする誘惑に用心する必要がある。例えば「どのみち人々はみな無関係」とか「赦すべき人などもともと存在しない」といった発言など。
・念の為に言うと、確かに”真にこの世に存在する人”などいないが、本当にそのことを信じているのであれば、わざわざ上記のような発言をする必要はない。
・その事に照らして考えるなら、私たちが自分を肉体であると考えている以上、人間関係は必須である。なぜなら特別な愛と憎悪の対象者に罪悪感を投影し続けている限り、我が家へと帰還することは出来ないのだから。

No.6961/p202 What speeds us along the journey is looking at the world…
・私たちの旅路を加速させてくれるのは、周りの世界を見渡してみること。例えば、新聞で読むものやTVニュースで見るものを通じ、その狂気を見ること。
・世界は「どちらか1つだけ」の原理に基づいており、私たちはこのことを恐れや裁きなしに見る必要がある(幻想の向こうにある真理を見つめる優しい微笑みとともに)。

No.7006/p204 A body cannot be hurt by anyone unless the mind believes it…
・肉体は誰によっても傷つけられることはない。肉体が傷つき被害者になり得るということを、心が信じているのでない限りは。事実、それこそ私たちが肉体をこれほどまでに脆弱に作った理由である。
・誰か(何か)が私たちを物理的(心理的)攻撃することにより、私たちは分離した自己を保ち、他者のせいにして非難することができる。繰り返すが、肉体が傷つくのは「心が、肉体に傷ついて欲しいと思っている」からなのだ — 他者や、微生物や、肉体それ自身(の不具合)によって。

No.7025/p204 Yet this “healing-to-separate” (S-3.III.2:1) is exactly the ego’s…
・(自分には特別な癒しの才能があるといった)「分離するための癒し(S-3.III.2:1)」とはまさに自我のゴールである。なぜなら、それは平等性に基づいていないから。それは、共通の利益という強さではなく、分離の弱さを選択している。

No.7030/p204 The truth is that we are all healers, for each of us has the…
・真実には、私たち全員がヒーラーなのだ。私たち一人一人が同じように心を変えられる能力を有しており、「あなたも、私と同じように正しい心による選択を行うことができる」という手本を示すことができる。
・唯一これこそが癒しである。それこそが「私たちは互いに異なる」という信念を訂正するのだ。

No.7036/p205 However, while healing is independent of form, it does not…
・癒しは形態に関わるものではないとはいえ、もし私たちに他者を助ける能力があった場合、それを使ってはいけないという事ではない。
・ただその際にも、自分が助けを求める人々とは異なっている(≒自分のほうが優れている)、といった特別性の幻想にはまらないように。言い換えると、私たちは自分の能力自体に何ら価値があると思うべきではない。

*****

Chapter 7からは以上になります。

じつはこの頃、想像以上に身近なところで新型コロナがらみのインシデントが発生してて、それなりに気を揉んだりしてました。まさに「No.7006:肉体が微生物によって傷つくのは、心が分離を保つために、肉体に脆弱であって欲しいと思っているから」という事を証明するかのような出来事ですね。。。

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