ACIMタッチアンドゴー

奇跡講座に復帰してからのあれこれ
20191230

Tao House 勉強会 12月

12/15。

今月はFACIM読書会の翌日にTao House勉強会!という濃いめの週末。この日は満員御礼で、とても賑やかな集まりとなりました。そんな感じの場所で、タオさんをはじめとする皆さんに「とりあえず描き溜めたラクガキ1ヶ月分」を披露する機会があったというのが、私にとってのン十年ぶりの晴れ舞台だったかも?

いまの状況を受け入れてみる

が、そこに至るまでのあいだ、それなりに紆余曲折がありました。実は先日の就活未遂のゴタゴタのあと、たったひと月でものすごく生活が変わってきたのです。もちろん、相変わらずおニート様なので行動面では大して変化はないんだけれども、ちょっと心の持ち方が変わってきた感じです。

まず、自分の活動を何でもお金に結びつけて考えるのを一旦やめてみました。といっても、長年自分に染み付いた「稼がなきゃ」という考えを、自力でたやすく手放すことはできないと思い知ったので。。。現時点で自分が無職のニートであるという事実を受け入れていくような、ゆる〜いアプローチです。

「稼がなきゃいけない、だけど就職に抵抗がある」という自己矛盾と闘うのをちょっと脇において、いまの状況を素直に認めつつ「養われる立場」に甘んじることなら今すぐできる(というか、すでにやっている…)、という感じでしょうか。

幸いなことに、うちの両親はオールドミスの娘が無職の引きこもりになった事を咎めたりしません。結局、ニートな自分を咎めてるのは自分だけなんだよなー、と。なら、自分にダメ出しするのをやめるだけで「みじめな立場 → 恵まれた立場」にひっくり返すことも可能なんじゃないかと。

(もちろん、これは自分ひとりでは思いつきもしないことだったので、先輩方のアドバイスという後押しあってこその試みだった訳ですが… ^^) 

毎日ラクガキその後

で、話をもとに戻すと、先月タオさんに「1日1枚ラクガキしてみたら?」と言われた時は本当にやる気ゼロだったし、そんな日課に価値があるとは思えませんでした。でも、とりあえず強制的に実行を義務付けてから様子を見ようと思って、タスクリストに「毎日なんでもいいからラクガキする」と一行追加。(つくづくタスク人間…)

ちなみに今年の夏、毎日ずっとPCに向かってイラスト描いてたのは事実なんですが、あれはあくまでも「商用ベースのイラスト」として汎用性を追求してきたものです。だからわざわざ高額なソフトを使って手間のかかるベクター形式で制作してたし、自分の好きなものではなく需要がありそうなテーマだけ狙ってました。でもそれは本当に疲れちゃって、9月ごろにクリスタル洞窟を探検したのを境にやめてしまってそれっきりでした。

タオさんが言ってるのは、そういう商業的なデジタルイラストのことではなくて、子供の頃ノートの隅っこに描いてたような、損得関係ないアナログお絵描きのことです。でも「そんな手描きの絵なんてイマドキ誰も見向きもしないし、描くだけ時間の無駄だよー」。。。と思ってしまう癖が抜けなくて。どうしても。

でも、やるからにはせめてネットに投稿してモチベーション維持しよう、もしかしたら世界のどこかに継続的に見てくれる人が現れるかも知れないし。。。

って事で描いた記念すべき初ラクガキが、目の前にあったマグカップでした。

(1)マグカップ

いやー。。。ヤル気のなさが全身から滲み出ている。。。
そんな感じで毎日描き続けていったのが、(2)水晶の原石(3)小型BTマウス あたり。

ところが、(4)冬毛のきつね を描いたあたりから、絵を見て褒めてくれる人が現れたのです。そしたら俄然ヤル気が出てきて、(5)愛犬プーコ(6)水晶クラスタ(7)ドレスの姫(8)買い物うさぎ(9)立体きのこ群、。。。と次々に迷作を発表。単細胞か!

で、(10)幸せの青い鳥 に到達したあたりでタオさんに中間報告したら、超〜褒めて貰ったのでさらに気分を良くして、(11)いちご大福(12)イケメン兄ちゃん、と徐々に難易度を上げていった(より正確さを追求するようになった?)のですが、古ペンの限界がみえてきて、仕上がりに悔いが残るように。

急いで新しいペン(つっても60円のゼブラ…)に買い替えて、より精密な陰影に仕上げるようになったのが、(13)花冠のにゃんこ(14)新型ジムニー(15)アゲハチョウ(16)オープンサンド、あたりです。この頃からだんだん描く時間が長くなってきて、なるべく納得のいく形で仕上げたい欲求が湧いてきました。おいおい、どうした私。

気がついたらかなり本気モードで描くようになってて、(17)アフリカの少女(18)サバンナの青い鳥、と続きます。さらに、突然アニメが好きだった事を思い出し、(18)ラピュタのロボット兵(19)ハウルとソフィー、を描いたあたりでTao House勉強会にノートごとお披露目したのでした。

そこで初めて勉強会のみんなに上手に描けてる!と言って貰えて、嬉しさと感動でウルウルしてしまった私。なんか思いだしてきたよー!これだよー!人に見せるのが嬉しいから頑張れるんだよー!

えっと、ちょうどここまで約1ヶ月の出来事でした。
たった1ヶ月で、人ってこんなに変わるか??。。。という位、変わったと思います。こうして時系列的に振り返ってみると、なおさらそう思う。これぞ、タオさんマジック!!

あのときの「ラクガキしてみたら?」の一言がなければ、いまだにどうしてたかな?

(タオさんはこうなるって分かってたんだろうけど。。。)

小さな喜びが象徴するもの

この手のささやかな楽しみをあまり形而上学的に突っ込んでいくと面倒くさいので、これはもうトベという自我の夢物語って事で良いかと思います。(聖霊の視点から見たら、この世界のことはすべて無意味なわけだし、つまるところ我々が息をしていると信じている事からして無意味という事でしょうから)。

一方で、自分がこの世界に居ると思っている間は、幸せというのも「象徴」という形でしか体験できないわけで、一足とびに「神、在り」とはならないと思うんです。だから、世界のなかで何かするときは、それは幻想だから無意味!と形而上学的な正論で切り捨てるのではなく、その出来事は象徴として何を反映しているか?という見方のほうが実生活にマッチするし建設的ではないかと思っています。

そういう観点でいうと、この一ヶ月間たしかに私は様々な喜びを味わう機会がありました。それは絵を好きだと言ってくれた人の一言だったり、難所のディテールを描ききった時の達成感だったり、いろいろなんですが。そういう主観的な感慨も、ぜんぶ私にとっての象徴です。ってことで、とりあえず感じたことを列挙↓

・ラクガキをはじめてから、描く楽しさをちょぴっと思い出しました。

・応援の言葉とか、予期しないハッピーが次々とありました。

・これすなわちタオさんのおかげ!タオさんありがとう!

まずは、この状態をキープしていけたらいいな。。。と思ってます。(*゚∀゚*)  

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