ACIMタッチアンドゴー

奇跡講座に復帰してからのあれこれ
20191007

Tao House 勉強会 9月

9/25。

Tao House勉強会に参加してきました。それでモヤモヤが晴れるという事があったので、まずは煮詰まってた近況から。

やっと絵が描ける所まで漕ぎ着けた私は、8月から9月にかけて、なんとか稼げるようになりたい一心で制作ツール(某Adobe製品)の勉強をしまくってました。何しろこっちは深夜も使えるので、会社での労働時間を遥かに超える仕事量を休みナシで「毎日」自分に課していたという。

もちろん誰かに頼まれた訳ではなくて、貯金が尽きる恐怖が原動力だったのは言うまでもありませんw。だからって今すぐ就職してIT畑の技術者に戻るという安易な選択をしたらまた身体を壊すかもしれないという健康不安もあって、やはりどうしても在宅で絵を描くことと将来の収入を結びつけて考えてしまいがちでした。

キラキラの洞窟

そんなある日、20年来の付き合いのある元キャンプ場のガオさんから電話があって「常連の◯◯さんが亡くなったから追悼会をやります」「えっ!!それは行かねば…」という展開に。

ただ、この山奥の元キャンプ場に行くには最低でも3日ほど必要です。しかしその3日分を埋め合わせするお絵描き量を事前にこなしておく事は不可能でした。うわー、とてもキャンプ場なんかで遊んでる暇はねえ〜!しかし、行かなかったら絶対後悔する!

。。。というわけで、ぎりぎりまで逡巡した挙げ句、久々に長距離走って山奥へ。ところが現地では、肝心の追悼会がキャンセル、というまさかのハプニングがあり(◯◯さんの奥さんが意気消沈して来れなかった)、到着した私はしばし呆然。やることなくなっちゃった。。。orz

でも結果的に現地でヒマになったのが良かったみたい。久々の再会となるティーダさん夫妻も来てて、「じゃあ山に登って水晶を探しに行こう」という謎展開になり、地元の入山許可を得て、険しい山の道なき道をおっかなびっくりで藪こぎしてきました。素人は生きて帰れないような冒険で、マジ迷って死ぬかと思った。ハアハアゼエゼエ。

が、着いたらなんと、壁面がすべて水晶で覆われてキラキラ輝いているようなクリスタル洞窟で超びっくり!!なんじゃこりゃーー!この世にこんな場所があるのか!Σ(゚Д゚)

※夢中で袋いっぱい水晶のかけらを拾ったは言うまでもありません。

絵とお金は分けて考える

。。。この一連の不思議なアドベンチャー展開にすっかり毒気を抜かれた私は、3日分のお絵描き的損失のことはすっかりどうでも良くなってしまったのでした。あの山から無事に水晶ゲットして生還できたんだから、もう何を焦っても意味ないわ。笑

まあ毎日描く練習してたのは2ヶ月ほどですが、いまの自分が逆立ちしてもプロのクォリティに到達できない事くらい分かってます。そこまで行くには最低でも5年10年のスパンで取り組まないといけないのは明らかなのに、2-3ヶ月で結果が出るわけない。

だから今の自分は「絵を描くこと」と「収入のこと」は切り離して考えるべき、というごくふつーの結論に気づくために、一旦PCを離れて山奥まで行かねばならなかったという面倒くさい奴だったんですね。。。

前置きが長くなりましたが、9月のTao House勉強会に参加したのはちょうどそんな頃でした。

タオさんの在り方

世間のルールでいうと、私が無収入をビビるのは当然と見なされるかも知れないけど、そのルールは必ずしも真実ではない、という生き証人であるタオさんが目の前にいることに今回、改めて気づいた次第です。なぜならタオさんは、これまでもずっと、お勤めして時間を切り売りするような人生を送ってないし、そのことについて私みたいにビビったりしてないので。

それは存在から滲みでるメッセージなので、私には説得力があります。言葉でいろいろアドバイスされるより、タオさんと一緒にお菓子食べてるだけで十分に安定感が伝わってくる感じ。ということは結局のところ、そのような欠乏の世界観を採用して不安を弄んでいるのは「他でもない自分」ってことになりますか?

やっぱり。。。本当の問題は、こっちですよねぇorz

教わったことメモ:

・絵を描くことは続けるが、ゴハンのために描くと聖霊ではなくゴハン(自我)と繋がってしまう。
・この先の稼ぎについて自分で考えた通りにやろうとする限り、この世界のルール(労働時間やお金の奪い合い)で戦わなければならなくなる。
・食い扶持の不安というのは、元から心の中にあったものが浮上してきている。
・そもそもこの不安がなければ、あっけなく問題は解決。
・だけど、現に不安でいる事自体が罪悪感の所在を示している。
・だからいま本当にすべきことは、焦って行動することではなく、その不安そのものを聖霊と共に見つめていくこと。

。。。というわけで、ちょっと気持ちが楽になりまして、ビビりながら無理やり絵を描くのは一旦見直し。本来は描きたい時に描きたいものを制作すればいいのであって、それが売れるか?評価されるか?などと心配するのは余計だなと。

あと、ここまで将来の食い扶持の可能性を「絵描き(出来ないけどあこがれ)」か「IT技術者(出来るけど気が進まない)」の2択に絞ってましたが、それも無意味な気がしてきました。実家に暮らす今のポジションであれば、べつに心身すりへらして人並みの収入を得る必要性はなくて、カフェでバイトしながらささやかな収入を得る暮らしを選ぶことも出来るんですよね。。。

そこまで行くには、キャリアのこだわりや老後の不安というやつも含めて赦しに取り組む必要がありそうです。いずれにしても、ただちに飢え死にする訳ではない状況下でも「食い扶持への不安」というのが確実にあると分かっただけで、一歩前進だったかも知れません。

※といいつつ、この不安もなかなか根深い感じがします。。。

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