罪悪感を隠すための王道
最近、家でくつろいでる時とかに突然「実は重い病気だったらどうしよう」とか「また手に負えない事が起きるんじゃないか」みたいな恐怖や不安に襲われることが増えてきて、家でのんびりする事が必ずしもリラックスにならない状況がたびたび発生してます。
これらの恐れの気持ちは、実はずっと昔から馴染みのあるものばかりです。ただ、今までスルーしてただけなんですよね。もしかして最近それらを直視しちゃってるのかな。とにかく自分は思ってたよりいろいろと恐ろしいものを心に溜め込んでいた事を自覚せざるを得ない。
なんで突然こうなったか分かりませんが、どうも時期的に言って、ワークブック再開したことと関係あるような気がします。いずれにしても、聖霊の助けやワークブックの演習なしでは、これらを正気で乗り切れる自信がないです。orz
でもその一方で、仕事中・会話中・読み物をしてるときなどは、恐れ・不安などの不快な感情が意識に浮上しにくいことに気づきました。つまり、何かに夢中になって頭を忙しくさせることで、これらを一時的に忘却することが出来るみたいなのです。今まで気づかなかっただけで、いつだって「忙しさ」にはそういった側面があった事を体感した次第です。
とすると、自分が日々あくせくと働いている理由は、表向きは生活のためという事になってるけど、もしかしたら無意識にため込んだ罪悪感を直視しないための巧妙な防衛手段のひとつなのかも知れないですね。
会社の仕事はしんどい、辞めたい、などとずっと思っていながら「言われた仕事を黙々とこなす」というつまらない活動に意識を占領させておくことで、膨大な罪悪感から目をそらすことが出来ていた側面は見逃せない、と思いました。
(恐怖感が浮上すると、ひたすら不快な気分になるし、時には血の気が引くような身体症状も伴います。でも、忙しくしてればそんな目に遭わないで済みますもんね。)
同時に、そうやって無意識の罪悪感から目を逸らし続けたまま一生を終えることがいかに簡単であるかも想像がつきました。ひたすら何か忙しく活動してればいいだけだから。トベは昔から仕事以外にもいろんな活動に没頭してきたんですが、まさに罪悪感を隠すための王道を歩んで来たわけですね。。。
そりゃどっかで気づかなかったら罪悪感をリサイクルしながら延々と輪廻できるはずだわ。
ワークブックのここまでの演習で「どんな状況であっても、主題概念を頻繁に思い出す事は可能である」とたびたび言われて、ギエー仕事忙しいのにそんなの無理だよ〜厳しい〜!とか思ってましたけど。。。
もしかしてこれって、我々の陥りがちな忙しさの罠に風穴を開けようとしてくれているのかも知れないですね。
コメント
私も同じように感じます。平日仕事に行っているとあまり苦しくないのですが、休日に苦しくて何もしたくなくなることが多いのです。平日は早く休みがこないかなと思っているのに、休日になったらなったで苦しいのです。矛盾してますね。
ようすけさん、コメントありがとうございます。そのお気持ち分かります。私もせっかく楽しみにしてた休日に、昼まで起きられないといった事がよくありました。。。orz
ブログ少しだけ拝見しました!JACIM教材ベースの学習ブログは貴重な存在ですね。ぜひ頑張ってください〜(^^)