ACIMタッチアンドゴー

奇跡講座に復帰してからのあれこれ
20171106

借りてる家をどうしよう(2)

借家を引き払うかどうかでずっと悶々としてたわけですが、抵抗が大きい理由のひとつに、自分で認めたくない恐れがあるからだという自覚が出てきたかも。。。

現状、引き払うべき理由は「経済的余裕がない」「健康不安」「ガラスを続ける気が失せた」などと割とハッキリしてるうえに、実家の両親も娘が戻ってくることを歓迎してくれている状況なので、本来なら決断はたやすいはずなんです。でも、なんか最初からずっと抵抗があって。

この借家は自分にとって自由の象徴だったから、それを手放す事が怖い。と言うと綺麗に聞こえるけど、裏を返せば、実家に戻って両親の介護をせざるを得ない立場になるのが嫌だ、という事です。そのモヤモヤした抵抗は、これだけ両親の世話になってるいま、ここに言語化するのも憚られるような、隠しておきたい気持ちなのです。

私は長年、母が祖父母を順々に介護する中で心身を消耗するのを見てきたので、認知症や寝たきりのお世話がえらい苦行だという認識があります。あんなブラック企業を超える休みナシの重労働、自分には絶対ムリ!と思って今日まで来たけど、いま実家に戻る選択をするということは、もれなく数年以内にその重労働を自分がやる事になる、という嫌な予感とセットなのです。(まあ、自分がそれまで生きてればの話ですけど)

でもそれって、過去の記憶を引き合いにして未来を恐れているわけだから、どう考えても自我ベースの妄想ですよね。。。そんな救いのない幻想を選び続けたい自分がいるって事なんでしょうね。

なんとなくこの事を自覚した時、ふとこんな事を考えました。仮にですが「別に将来なにが起こってもいいじゃない」と思ってみました。本当にそう思ってる訳じゃなくて、単なる思考実験みたいな感じで。

もし何も恐れずに介護を受け入れるって選択肢もあるとしたら?

今すぐ選ぶ必要はなくて、むしろ選びたくないとしても全然構わなくて。だってその選択肢は消えないし、いつでも選び直せるから。だから好きなだけ時間かけて迷えばいい。。。みたいな事をチラッと思ってみたわけです。

そしたら何だか少し気が楽になって、やっと重い腰をあげて、バスと電車を乗り継いで、借家の片付けに出かける事ができました。

片付けといってもほんの2時間程度、カラーボックスを1個カラにしただけで、それをクルマに積んで実家に運んだだけ。

だけど運転中なんとなく「これでよかったのだ」というスッキリした気持ちに包まれていて、それが意外でした。そっか、工房をたたんで実家に戻るのでいいのかもしれない。これっぽちの片付けでは、完全撤退までに何ヶ月もかかりそうだけど、逆にそれだけ迷っていられる時間が自分にあると思うこともできるし。

まだまだ迷いも抵抗もあります。でも、すこし方向性が少し見えてきたかな。。。?

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