ACIMタッチアンドゴー

奇跡講座に復帰してからのあれこれ
20180514

Workbook レッスン242

レッスン242
今日一日は神のものである。私はこの日を神への贈り物とする。(W-pII.242)
Lesson 242. This day is God’s. It’s my gift to Him.

5/7。草津で楽しく過ごしたGW連休が終わり、再びお仕事です。だいぶ空いちゃったけど、ワークブック再開します!

奇跡講座 下巻 ワークブック W-pII.242.1:2
『私は世界を理解していないのだから、自分ひとりで生きようとすることは愚かである。しかし、私にとって最善なることをのすべてを知っている聖霊がいる。そして聖霊は、私のために喜んで、神へと導く選択だけをしてくれる。私は帰還の時を遅らせたくないので、この日を聖霊に捧げる。』

【やること】
・「3.世界とは何か」を読む。
・朝晩に瞑想する(目標15分以上)。
・日中は1時間毎の思い出し。

***** ***** *****

GW連休中の草津滞在はとても有意義だったのですが、課題も見えてきました。非日常の日々でいろいろとミラクルな事はあったんですけど、人との会話や出来事のほうに心を奪われてしまい、ACIM学習中という自覚を保つのがとても難しかったです。(早い話が忘れがちだった)

以前から、人と会ってる時はレッスンに集中できないなーとは思ってたので、誰かと会う日は敢えてワークブックお休みしたりしてました。今のところレッスン半ばなので、時々ちょっとお休みしてもすぐに再開できるから、当面はそれで構わないと思うんですけど、問題はレッスン365を終えた後かも知れない。。。

結局のところ、ワークブックが教えようとしているのって、神への「常時献身」だと思うんです。毎日1時間おきの思い出しとか、朝晩の瞑想とか、同じ作法を延々と繰り返すのはそのためなんじゃないかなーって思います。

ACIMの教義自体はシンプルなので、ワプニック博士とかの教材と組み合わせて勉強すれば誰でも理解できるに違いありません。けど、ACIMの本当に難しいところは、聖霊の見方(赦し)というのを朝から晩まで例外なく適用する事なんじゃないかと。そういう観点でみると、私にとっての一番の障害は「忘却」だと感じます。

で、今はレッスン途中だからと余裕ぶっこいて「ちょっとお休みしちゃった♡」とか言ってるけど、実際に何日もレッスン休んでみると、だいぶ簡単に忘却できちゃう事を痛感します。人との会話とか日常活動とかで、従来通りの分離の想念が優勢になるわけです。忙しいからと瞑想もしないし、まして思い出しなんて。。。

だから、学習者としては、ワークブックやってる方がむしろ楽なのだと気づいたりして。それよりも、レッスン全部が終わった後に何か学習方法を工夫しないと、私みたいなズボラっ子はマズイですね。毎日テキスト読むとか、ワプニック博士の本を読むとか、何かを自分に課さないとね。(聖霊の声が聞けるようになるまでは、何らかの規律があった方がいい気がする。。。そんな日が来るのかどうか分かんないけど)

***** 

幸いなことに、草津滞在中の忘却のさなかでも、聖霊の導きに身を委ねている先輩学習者Aさんから連絡を頂いたりして、随分それでACIMに繋ぎ止めて貰ったという側面はあります。Aさんに感謝です!

出典: 奇跡講座 下巻 ワークブック・マニュアル (中央アート出版社)

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